Friendship2004  第3号
 
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☆☆2004年慶應連合三田会大会INFO☆☆
  Friendship2004第3号


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◆◆6月30日号メニュー◆◆

・催事部会より           小林伸太郎(催事部会長)

・ゲストライターより
 〜2004年慶應連合三田会大会に寄せて〜
                  千住博
                 (塾員 画家 京都造形芸術大学副学長)

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◆◆2004年慶應連合三田会大会公式ホームページより◆◆
http://www.2004rengomitakaitaikai.info/index.htm

〜What’s New!〜
・125実行委員激励会開催される!
http://www.2004rengomitakaitaikai.info/whatsnew/10.html

・4月13日実行委員激励会開催される
http://www.2004rengomitakaitaikai.info/whatsnew/09.html

・連合三田会当日に開催される講演会「どこでもコンピュータの時代」
http://www.2004rengomitakaitaikai.info/whatsnew/08.html


■大会券購入を希望される方は以下のURLをクリック!■
http://www.2004rengomitakaitaikai.info/kounyu.htm
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■■■ 催事部会より ■■■
〜催事部会長 小林 伸太郎(1974年卒)〜

 今年の連合三田会大会のメインテーマは「今こそ独立自尊」ですが、催事
部会は独自に「音楽の溢れる三田会大会」をテーマにし、会場のあちこちに
音楽が流れる楽しい三田会を目指して準備に奔走しています。
 メイン会場の日吉記念館ではスペシャルゲストとして松任谷正隆君(74年卒)
と中村雅俊君(74年卒)をお招きし、久保純子アナ・宮本隆治アナの司会でお二
人の楽しい「トーク&ライブ」を予定していますが、そのほかにも日吉記念館、
日吉会堂、来往舎の各会場では三田会会員自らが音楽を楽しもうとのコンセプト
で音楽系の各三田会のご協力の下、「昔取った杵柄」でそれぞれライブ演奏を行っ
てもらう予定です。
 すでにお孫さんもいらっしゃる三田会会員が演奏をしたり、歌ったり、
会社・家庭では普段見ることがない姿が見られることでしょう。ハワイアン、
タンゴ、ジャズなど色々なジャンルのライブを各会場ではしごするのも楽しみです。
皆さんが知っている顔も見ることができると思います。
 また、日吉グラウンドではスポーツイベントとしてフットサルの試合、教室
を楽しんでいただきます。現役の学生諸君の模範試合をごらん頂き、
試合の合間には子供さんたちにも体験していただこうと考えています。
 更にキッズプログラムとして、「金魚つり」「射的」などの屋台が沢山の「日
吉秋祭り」も企画しています。きっとお子さんと一緒に楽しんで頂けるものと思
います。
 そのほかにも第4校舎では坂村健君(74年卒)をお招きし、
「どこでもコンピュータの時代」のテーマでいまや日常生活に欠かせないコンピュー
タの世界をわかりやすく、楽しく講演していただきます。
 来往舎では2008年に創立150周年を迎える慶応義塾へのプロローグとして
「諭吉翁長崎遊学150年」のパネル展も行います。
 盛りだくさんのイベントを成功させるべく、催事部会の実行委員全員が気合を
込めて準備中ですが、当日に沢山の皆さんに来場していただいてこそのイベントです。
10月17日に日吉キャンパスでお会いしましょう!!


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■■ゲストライターより■■
■■■ 2004年慶應連合三田会大会に寄せて ■■■

 〜塾員 画家 京都造形芸術大学副学長 千住 博〜


 私にとって「慶應大学」とは、どんなイメージだったのだろう。

 幼稚舎生の頃、所属していたボーイスカウトの隊長は、背の高い慶大生だった。
穏やかな紳士で、リーダーシップがあり、いつも落ち着いていて理想の大人でも
あった。

 ある年、私はその隊長トヨタさんに慶早戦に連れていってもらった。
その日トヨタさんは茶色のローファーをはいていて、えりの周りに慶應の三色旗の
ストライプがついている白いセーターを肩にかけていた。トヨタさんの友人達も
きちんと折り目の付いたグレーのスラックスをはいていて、一緒にいる女性達は
みな美しかった。とにかく一刻も早く、こんなふうな大人になりたい、慶大生に
なりたいと心の中で叫んだものだ。

 見に行った試合は慶應の負けだった。私があこがれた、あのトヨタ隊長は、
今どこで何をしているのだろう。

 普通部時代、父が工学部管理工学科教授だったこともあり、家にはよく
慶大生達が訪ねてきた。皆勉強家ばかりだった。父は管理工学という新しい分野
を切り拓いたパイオニアで、「経済性工学」という言葉は父がつくったものだ。
父の研究室に集まって来る学生達は、工学部の中でも特に優秀な人だと母に聞か
されていた。私は彼らが持っている鉛筆の種類から筆箱までしげしげと眺め、
「こういうのを持ったら頭がよくなるのだな」と思った。

 塾高時代、2級上の美術部の先輩達が大学に進学して、放課後部室に遊びに来た。
本当にオシャレになっていて、している勉強は何かおもしろそうだった。
「クラスには女の人が何人もいるんだ」と言って、タバコをうまそうに吸っていた。
「大学ってパラダイスではないか」と思った。私にとって慶應大学は、長年にわ
たって形成されたあこがれとなっていた。

 しかし、私はその慶應大学へは進まず、両親の反対を押し切って東京芸術大学
美術学部絵画科へと進んだ。ゲイダイはケイダイに毛がはえたようなもの、
と皆が笑ったが、それはまったく違った。いちばん年上は5浪というクラスメイトは、
きたないオッサンばっかりだった。もっとも私も、2浪してきたないオッサンに
なってしまった頃、やっと芸大に合格したのだったが。我が心の慶應の学生達と
は似ても似つかない存在に、自分はなってしまっていた。

 芸大に入学してからも、かつての慶應時代の仲間に誘われて、三田や日吉の
キャンパスに行った。そのたびに、何とも言いようのないあこがれが胸につのった。
ここに通えなかったというさみしさも多少あった。私はその後も芸大の大学院博
士後期課程まで在学したので、慶應時代の仲間達はどんどん就職していった。医
者として研究を始めた者もいた。私はきたないオッサンのまま、ビンボーな20代
をまるまる過ごしていった。

 仕事が認められ、特選塾員に推挙された。三田の大学院で教鞭を執ることにもなった。
やっと帰ってきたと思う。思えば胸に迫るものがある。

 来年は私の慶應同期の仲間達の卒業25周年だ。私も友人達に依頼されて、
三田会から版画を刊行し、資金づくりに協力することとなった。妻の弟が今年の
三田会の幹事ということで、このエッセイも依頼された。

 妻も塾の文学部卒、今私がアートディレクターとして手がけている羽田空港
ターミナル2の巨大プロジェクトの総責任者である日本空港ビルの門脇邦彦社長も、
仕事の仲間も気がついたら皆慶應だ……。
 なんだ、周りは慶應ばっかりだったのか。少々感傷的になって思い返したりして、
損した気分だ。慶應はいつも身近でずっと私を見守っていてくれたような気がす
る。


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■■2004年慶應連合三田会大会INFO■■

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編集長:実行本部長 落合正行
編集:実行本部事務局 小林伸太郎(74年卒) 成毛雅行(84年卒)
発行:2004年慶應連合三田会大会実行本部事務局
(〒100-8968 東京都中央区銀座6-7-16岩月ビル4階406号室)
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      2004年慶應連合三田会大会実行本部事務局
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